世の中には、「当たり前」ということがたくさんあります。当たり前すぎて信じて疑わない、それ以外の形や方法など、考えてもみない。
エンジンのピストンも、その一つです。ガソリンエンジンができた当時から現代まで、ピストンの形はずっと円形でした。円形以外のピストンなど、誰も考えることすらしなかったでしょう。
しかし、この世で唯一、楕円ピストンを使ったエンジンがあります。
ホンダの「NR」です。
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4サイクルエンジンのレーサー「NR500」
楕円ピストンが初めて採用されたのは、1970年代後半から80年代にかけWGPレースに投入されたNR500でした。
当時、他メーカーのレーサーは全て2サイクル500cc、推定100馬力というスペックを誇っていました。今から見れば非力ですが、それは技術の進歩でもありますね。しかし、クランクが1回転するごとに爆発する2サイクルに対し、クランク2回転で爆発1回という4サイクルエンジンは、どうしても不利です。
それでも4サイクルメーカーのホンダは、威信をかけて4サイクルで挑もうとしました。その結果できたのが、奇想天外な楕円ピストンを使ったエンジンだったのです。
試行錯誤の連続
楕円ピストンにした理由は、ピストンを横に長くすることで8気筒のパフォーマンスを得ること、高回転を得ることが主な理由です。
しかし開発は困難を極めます。考えてみるだけでも、熱膨張による変形、ピストンリングの造形、シリンダーとの気密性、2本あるコンロッドへの負荷、オイル循環など。
走るごとに、レースに出るごとにトラブルが発生し、スタッフはその対応に追われました。結局NR500は、1981年6月に1勝しただけで実践からはリタイアしました。
市販車「NR」
それでも、楕円ピストンで培った技術は、1992年発売のNR(750cc、楕円ピストンV型4気筒32バルブ)に姿を変えて300台限定で市販されました。深紅のカラー、目立つカーボンパーツなど、一目でNRと分かるデザインです。
しかしバブル経済の終わりと共に売れ残ってしまうという憂き目にあいました。NRは、何かと不運なバイクだったのです。
燦然と輝く歴史
しかし楕円ピストンは、イギリス王室が来日してホンダのショールームを見学したとき、カットモデルがF1マシンと同列で展示されていました。まさに、ホンダ技術の誇りだったのです。
さらにレーサーNRの開発過程でできた数々の技術やメカニズムは、市販車にフィードバックされました。バックトルクリミッター、油圧タペット調整、バルブ休止機構、カーボンパーツ、サイドラジエターなどです。
まとめ
NRは、ピストンの形を楕円にするという驚くべき発想を実現した市販車です。300台限定ということから、ほとんど目にすることはありませんが、その唯一とも言える技術はホンダの歴史に輝いています。
NR500はレーサーとしては不成功でしたが、そこで生まれた数々の技術は、市販車に受け継がれています。